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グーグルとの戦いに備えて導入が進む 携帯電話の新世代コミュニケーションフレームワーク

キャッチアップ

この春、日本でNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイルの携帯3社が参加して「RCSサービス」と呼ばれる新たなサービスの導入に向けたネットワークの接続試験がスタートする。このサービスは、日本ではまだほとんど知られていないが、電話、メール(SMS)に続く「第3のコミュニケーションサービス」として携帯各社がその実用化にしのぎを削っているもの。コミュニケーション分野への進出を目指すグーグルなどのインターネットプレイヤーに対抗する「切り札」としても期待されているという。海外キャリアの動向に詳しい、マクニカネットワークス、ビジネスディペロップメント室・室長代理の松原 崇氏にRCSサービスの最新動向を尋ねた。

RCS―新世代の携帯コミュニケーションフレームワーク

早ければ来年にも、携帯電話に通話やメールにも匹敵する、新たなコミュニケーションサービスが登場するかもしれない。すでにフランスで試験サービスが始まっているもので、今年2月にスペイン・バルセロナで開催された世界最大のモバイル関連イベントMobile World Congress(MWC)2010の会場でもデモが公開されていた。 大まかなサービスのイメージは次のようなものだ。

インターネットで使われている「IM(インスタントメッセージング)」のように、ディスプレイに表示されたアドレス帳で相手がネットワークに接続しているかどうかを確認して、チャットやファイル交換が行える。相手は1人でも複数でもかまわない。 音声通話も可能だが、その通話中にライブ動画やビデオを相手に送ることもできる。相手と同じWebサイトの画面や地図を見ながら話ができ、コミュニケーションが円滑に進む。 そしてもう1つこのサービスで重要なのが、自分が契約している携帯電話会社の加入者だけでなく、国内や海外の他の携帯電話事業者のユーザ、さらにはPCでインターネットに接続している人とも、同じように使えることが想定されているということである。

Mobile World Congress(MWC)の会場の様子

いったい、これは何なのか――マクニカネットワークスで通信事業者向けソリューションを担当、海外キャリアの動向に詳しいビジネスディペロップメント室・室長代理の松原 崇氏に尋ねると「RCS(Rich Communication Suite)という携帯電話会社の次世代のコミュニケーションフレームワークを用いる新しいサービスです。RCSはGSMA(GSM協会)が標準化を進めているもので、デファクトスタンダードとして世界に普及する可能性が高いと考えられています。あまり知られていませんが、日本の携帯電話事業者も実用化に向けて動いています」という答えが返ってきた。GSMAは、世界の携帯電話事業者800社が加入するモバイルの業界団体でMWCの主催者でもある。 具体的には、世界で最も広く普及しているGSM携帯電話で使われているメッセージサービスのSMS(Short Message Service)やその拡張版MMS(Multimedia Messaging Service)、音声通話、電話帳などの機能を拡張・統合し、新たな機能を付加することでケータイ版ユニファイドメッセージングともいえる新しいサービスを実現しようとする試みが、RCSなのだという。

誰とでもつながるリッチなコミュニケーション

こうした取り組みを可能にしたのが、NTTが昨年スタートさせたNGNにも用いられているIMS(Information Management System)である。IMSはサービス毎に個別に構築されていたネットワークの機能を統合的に扱える「サービス基盤」。これを整備することでサービスの開発・運用の効率化が期待できることから、世界の通信事業者がこぞって導入を進めている。

RCSは、このIMS上で世界の携帯電話事業者が共通で利用できる、「リッチなコミュニケーションサービス群」を作りだそうとする試みなのである。これにより携帯電話事業者の「本業」であるコミュニケーションをより魅力的でかつ付加価値の高いものに再構築しようという訳だ。 松原氏は「RCSで特に注力されているポイントが、『相互接続性』を確保しようとしていることだ」という。

世界で最も多く普及しているGSM携帯電話では仕様が統一されていて、通話はもちろんSMSでも、世界のどの事業者の加入者とも問題なくコミュニケーションがとれることが大きな特徴となっていた。

ところが、その後登場したMMSなどの新サービスでは機能によっては相互接続性が担保されないケースもでてきている。これに対してRCSでは、あらためて誰とでもつながるという通信の「原点」に立ち返ったサービスを作ろうとされているのだ。 RCSの仕様の策定は、2007年5月に欧米の携帯電話事業者やベンダーなどによって設立された「RCSイニシアティブ」でスタート。08年8月にGSMA内の「RCSグループ」に標準化の舞台が移された。現在、標準化90以上の企業・団体が参加する大きなプロジェクトに成長し、日本の携帯各社も参加している。

グーグルとの最終戦争に備え、世界に広がるRCS

RCSで特筆されるのは、欧州をはじめとする世界の携帯電話事業者がRCSの商用化に非常に意欲的に取り組んでいることだ。今やその取り組みは、すでに試験サービスを実施しているフランス、イタリアから、スペイン、北欧、中国、韓国、日本など、世界各国に広がりつつあるという。

米国の調査会社インフォネティクスリサーチは今年2月に発表したレポートでこうした状況を踏まえ「RCSサービスのユーザ数は2011年に730万に達する。2014年まで3けたの成長が続く」と予測している。 ではなぜ今、世界の通信事業者がRCSの導入に動き出しているのだろうか。 松原氏はその理由を「グーグルとの『最終戦争』に備えるため」と説明する。 戦争とは少し過激な言い回しだが、その言葉に値する状況が生まれつつあるのだ。 3G導入によるデータ通信の高速化や定額料金の導入に伴い、モバイル回線がインターネットアクセスに使われることが多くなってきた。 その中でグーグルのようなインターネットプレイヤーはPC向けに提供してきたIMやメールサービスなどを携帯電話向けにも提供。携帯電話事業者の「本業」である「コミュニケーション」の分野にまで事業領域を拡大し始めている。

これに対し、携帯電話事業者にはSMSや日本のiモード以降、目立ったコミュニケーションサービスの成功例は出せていない。競争の激化で料金収入が先細りになる中で、本業であるコミュニケーションサービスまでグーグルなどのインターネットプレイヤーに奪われ、携帯電話事業者が単にインターネットアクセスを提供するだけの「土管屋」と化してしまう――これは決して杞憂ではない。RCSはこうした動きに対する起死回生の一手として期待されているのだ。

RCSはインターネットプレイヤーが提供しているIMの機能を含むサービスだが、IMは現状では事業者毎に異なるシステムが使われており、相互接続性はない。携帯電話で加入者のプレゼンスを提供するのも現状では困難だ。 松原氏は「RCSは十二分に競争力のあるサービスになるだろうし、将来はライフログとの連携など、ネットワーク機能の活用で、さらなる発展も望める」と予測する。

企業向けソリューションとしても可能性がある

日本の携帯電話事業者もRCSサービスには意欲的だ。 中でも早くから取り組みを進めているのが、NTTドコモである。昨年9月には、アルカテル・ルーセント、エリクソン、富士通、NEC、ノキアシーメンスネットワークスとともに策定したIMSベースの画像サービスの仕様を、RCSグループに提案するという発表もなされている。 この仕様では、例えば送信者が送った画像をネットワーク上で画像変換をかけて相手と楽しんだり、日本語のテキストメッセージをネットワーク上で英語に翻訳して届けるなどの機能を実現できるものになるのだという。

さらに、今年2月にはGSMAから、今年3月にドコモ、KDDI、ソフトバンク共同でRCS導入の前提となるIMSの接続試験を実施することが発表された。RCSという単語は国内ではほとんど認知されていないが、日本での商用導入に向けた準備は予想以上に早いペースで進んでいるのだ。 もっとも、RCSの導入にはモバイル先進国日本ならではの課題もあるようだ。 1つは、RCSのベースになっているのがGSM携帯電話で使われているMMSなどの海外仕様のサービスであることだ。世界で最も進化した日本のケータイインターネットを使っているユーザに、使い勝手の異なるサービスがどこまで受け入れられるか――これは未知数だ。実際、鳴り物入りで導入されながら、全く定着しなかった「プッシュ・ツー・トーク」のような例もある。松原氏は「普及のためには、既存のサービスとの違いをユーザに見えないように隠蔽する仕組みが必要になってくるのではないか」と指摘する。 もう1つは「相互接続性」の問題だ。RCSサービスの仕様が完全に共通になってしまえば、サービス面で他社との差別化は難しくなる。当然、ある程度のカスタマイズは必要となる。

前述のドコモがベンダーと共同開発したサービス仕様にも、他社との差別化のツールとしたいという思惑があるはずだ。ただし、差別化に重心を置き過ぎれば、RCSの最大の売り物である相互接続性が担保されなくなる可能性がでてくるのだ。特に事業者間で激しいサービス競争が繰り広げられている日本市場では、こうした傾向が強まるのではないかと懸念する向きもある。実際、事業者によってRCSサービスへのイメージがかなり異なっている部分がありそうなのだ。いずれにしてもこれが普及の足かせになってはもったいない。携帯電話事業者にとって敵は「ライバルキャリアではなくグーグル」なのだから。 さらに、松原氏は「RCSは企業向けのソリューションとしても可能性があるのではないか」と指摘する。RCSはコンシューマー向けサービスの色が強いが、機能自体はまさに注目を集めるユニファイドメッセージングに他ならないからだ。松原氏は「セキュリティなどの点がクリアできれば有望なサービスになる」と見る。企業のシステム担当者にとっても、数年後に登場が見込まれるRCSサービスはおさえておくべきツールといえそうだ。

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