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キャッチアップ クラウド時代に求められる情報システム部門の資質を探る! クラウド・コンピューティング最前線

キャッチアップ

IT業界における大きなトレンドとして様々な場面で話題となっている「クラウド・コンピューティング」(以下クラウド)。単なるバズワード(流行語)だという人もいる半面、GoogleやMicrosoft、IBMなどIT業界の巨人のみならず、eコマースで大成功を収めているAmazonにいたるまで、新たな主戦場としてクラウドに対する投資を積極的に行っている。そんなクラウドの実態は一体どんなものなのか、インターネット技術研究におけるオピニオンリーダとして活躍する倉敷芸術科学大学 小林和真教授にクラウドの現状について聞いた。

倉敷芸術科学大学
産業科学技術学部 IT科学科
小林 和真 教授
倉敷芸術科学大学にて教鞭をとる傍ら、情報通信研究機構(NICT)が行っている次世代ネットワーク検証のための実験ネットワーク「JGN2plus」でネットワーク運用センター センター長として活躍。岡山県高度情報化推進協議会の幹事・部会長や様々な企業の技術顧問を務めるなど、日本における最先端のIT技術研究を推進している。

これもあれもクラウド・・・クラウドって一体何だ?

最近では、インターネットを経由して提供されるあらゆるサービスが「クラウド」と呼ばれるようになっている。そもそもクラウドという言葉は、Google社のCEOであるエリック・シュミットが2006年に提唱した概念から来ているとされており、サーバやネットワーク、アプリケーションなどを意識することなく、文字通り“雲”の向こう側から必要なサービスが提供されるというもの。つまり、雲の向こうに要求すれば、最適な形で答えが返ってくるという、一種バラ色の世界がそこに展開されているかのようだ。小林教授は、「グリッド技術や分散コンピューティング、クラスタ技術など様々なテクノロジーを上手に組み合わせたサービス化の事業モデルの一つ」とクラウドを表現する。

クラウドに関して先行しているアメリカでは、大きく3つにクラウドが分類されているという。まずは、完全にオープンな環境で利用できる「オープンクラウド」と呼ばれるもので、Google AppsやTwitter APIなどインターネット上で無償公開されている。これは、ネットワークへリクエストオーダーをAPIベースで行うと、どこかにあるサーバが計算あるいは処理をして結果を返してくれるという便利なものだ。次に挙げられるのが、GoogleやAmazon、Salesforceなどが力を入れている、事業クラウドと呼ばれる「パブリッククラウド」。このクラウドには様々な領域があり、CPUやメモリなど計算機リソースそのものを貸し出すものや、アプリケーションだけ、仮想OSからすべてサービス提供するものまで、様々なプレイヤーが存在している。SaaS(Software as a Service)やPaaS(Platform as a Service) 、IaaS(Infrastructure as a Service)などと呼ばれるサービス形態がこのパブリッククラウドにあたる。そして3つめに分類されるのが「プライベートクラウド」と呼ばれるもので、「おそらく日本で一番普及するタイプのクラウドでしょう。」と小林教授は分析する。データセンタに預けるのか会社の中に設置するのかの選択肢はあるにしろ、自前でコンピューティングリソースを持ち、その最適化のためにクラウド技術を活用するものだ。

これら3つのクラウドをどのようにビジネスで活用していくのかは後述するが、クラウド・コンピューティングを支える技術の根幹とは一体何なのだろうか。すぐに思い浮かぶのが、昨今話題となっている仮想化技術だろう。小林教授に尋ねたところ、即答で「ブラウザ」だと答える。「共通のプラットフォームとなった“ブラウザ”でしょう。今では、JavaやXMLベースのブラウザがWindowsやMacなどに搭載され、ネットブックやiphoneなど様々なデバイスにも標準装備されています。エンドユーザインターフェースが統一されたことで、はじめてクラウドが価値を持つようになっています。」と語る。サーバサイドテクノロジーはどんなものを使っても、ユーザサイドはブラウザさえあれば変わらずにサービスを受けることができるようになる。だからこそ、Googleは現在開発中のブラウザOS「Chrome OS」に力を入れているはずで、さらに欧州委員会が出したブラウザとOSの抱き合わせ販売がEU競争法に反するとした決定にMicrosoftが様々な提案を試みているのも、ブラウザが今後のビジネスに欠かすことのできない重要なテクノロジーであることを示していることの証だと小林教授。

クラウドはバラ色の世界につながる?クラウド活用のポイント

クラウドの全体像が見えてきたところで、このクラウドをどのようにビジネスで活用するべきなのかを考えてみよう。小林教授によれば、「クラウドをバラ色のサービスとしてとらえているエコノミストもいますが、そんな単純なものではありません。クラウドを利用するためには、リソース配分をどうするのかという経営的な判断が求められるのです。」とそのポイントを指摘する。経営資源の中で、人材は“ヒューマンリソース”と呼ばれ、資金は“ファイナンシャルリソース”と表現される。そして、コンピュータなど計算機資源やネットワークは“コンピューティングリソース”であり、このリソースをいかに企業の根幹部分に投下できるのかが重要となる。「ヒューマンリソースを例にとると、すべての社員を派遣に切り替えて事業が継続できるのか」ということと同様に、すべてのコンピューティングリソースを外部のサービスに置き換えるパブリッククラウドにできるのかを見極める必要がある、というわけだ。

例えば、ある事業を始めるときに、パブリッククラウドの1つであるSales Forceにすべてお願いして環境を整えることに成功したとしよう。しかし、別の第三者が同じ要求をパブリッククラウドに対して行うと、それはいとも簡単に実現できてしまう。「つまり、そこには差別化が一切存在しません。だからこそ、自社の事業モデルをしっかりと理解したうえで、ノウハウの詰まったコアコンピタンス部分は自前で環境を作ることが必要になります。例えば、百貨店を例にとってみると、お歳暮やお中元の時期だけインターネットで注文を受け付けるような“他社と差別化のない仕組み”であれば、コンピューティングリソースを外部から調達してサービスをパブリッククラウドから借り受けるべき。ただ、在庫管理や仕入れ管理など百貨店のノウハウがつまった部分は、自社でしっかりとノウハウを蓄積していく必要があるのです。」と具体的な例を挙げてくれた。

また、パブリッククラウドはあくまで事業としてビジネスを展開している以上、サービスの継続がいつまで続くのかはわからない。だからこそ、事業継続の観点からもパブリッククラウドを利用する部分とそうでない部分をしっかり判断する必要がある。ただ、「起業したばかりで大掛かりなインフラ投資ができないベンチャー企業が、クイックスタートをするための手段として利用するのであれば、パブリッククラウドを有効に使う好例になりうる」と小林教授。ベンチャーキャピタルからシステムの初期投資資金を募るためのプレゼンに時間をかけるより、低価格のコンピューティングリソースを外部から借りうけ、事業がある程度軌道に乗った時点で自社の環境に切り替えたほうが、今まで以上にビジネスのスピードを加速させることができるはずだと指摘する。

これまで紹介したのは、パブリッククラウドをどのように使い分けるべきかだが、プライベートクラウドについては普及が進んでいくのだろうか。アメリカでは、ニューヨーク証券取引所などがクラウド技術を活用してプライベートクラウドを構築しているというが、日本での動きを小林教授は「例えば、工場のプラント制御用のコンピュータなどは、本来はわずかなコンピューティングリソースで賄えるものの、プラントごとに独立して設置されている場合が多い。これらのコンピューティングリソースを仮想化技術などで統合する、といった例は考えられます。」と語る。すでに、グループ会社でクラウド技術を用いて会計システムを統合している企業もあり、月次に発生する会計処理と給与処理のピークをずらし、締め日を変更するなど実運用でクラウド技術が活用されているという。プライベートクラウドは現実的に利用されている状況なのだ。

クラウドにどう備える?情報システム部門が養うべき能力

いよいよクラウドに対する利便性が高まり、情報システム部門がクラウドを利用するか否かの選択に迫られる場面も増えてくる。そこで、このクラウド時代に情報システム部門が身につけておくべき能力とはどんなものなのだろう。小林教授は「事業仕分けのように、コンピューティングリソースの優先順位が付けられるよう、担当者が自社の事業をしっかりと理解すること」だと指摘する。「もし経営者から“これはクラウドに変更できるのか”と問われた時、事業の根幹にかかわる部分かどうかを判断し、ノーといえるかどうかです。もちろん、事業の根幹がどこにあるのかを経営者がメッセージとして発信しなければなりませんが、情報システム部門としては技術的なバックグラウンドとともに会社の仕組みをしっかりと理解しておく必要があるのです。」

情報システム部門のみならず、インテグレータにもクラウド時代に求められるスキルはあると小林教授。それは、クラウドの技術をうまく使っていろんなコンピューティングリソースをうまく調和させて鳴らす「オーケストレーション」と呼ばれる能力だ。「楽器を演奏する人たちを束ねて上手に響かせる指揮者のように、無数にあるクラウド技術を組み合わせて能力を最大限発揮させることができるかどうかにかかっています。」逆に、クラウド技術が成長したことで無数の組み合わせが可能になり、オーケストレーションがより重要になってきているともいえる。「同じコンピューティングリソースを使っても、担当するエンジニアによってその出力は2倍にも3倍にも変化します。それを提案する能力はインテグレータには欠かせないものになるはずです。」

忘れてはならない注意すべきポイントもあるという。多くの仕組みがクラウド化していくのではないかというトレンドがメディアでも論じられているが、小林教授は「本業の効率性を向上させたり事業継続性を高めたりするためにクラウドの技術が活用される機会は増える」と予想するものの、トレンドとして“クラウド化する”という表現は的確ではないと指摘する。「クラウド技術を上手に使いこなすのはもちろんだが、例えば安易にパブリッククラウドへコンピューティングリソースを預けてしまうと、数年後に自社の環境へ移設したいと考えたとき、それは非常に手間のかかる作業となる可能性があります。現状でも、GoogleやAmazonに預けたデータをバックアップするための最適なツールは見当たりません。事業継続という観点でしっかりと検討する必要があります。」一過性のトレンドに流されないためにも、情報システム部門として養うべき情報の取捨選択能力は高めておきたい。

期待するジャパンスタイルとは?

現在、日本企業の多くがクラウドを積極的に推進してきており、各社様々なクラウド戦略を発表している。例えばNECでは、「クラウド指向サービスプラットフォームソリューション」を提供しており、クラウドを体験できるNECクラウドプラザを開設。国内外の主要関係会社を含めた基幹システムの刷新を行うことでノウハウを蓄積するなど、自社でのクラウド導入を進めている。また、富士通では次世代クラウドサービスの拠点となる館林システムセンターを新たに開設、約1000台のサーバで構成されるインフラを準備している。しかし、「GoogleやAmazonなど先行するクラウドベンダは、複数のデータセンタに数千から数万台のサーバを保有していると言われています。もし誰かに委託したとしても、情報セキュリティや事業継続の観点から結局誰かが責任を取らなければなりません。本来なら企業が負うべきコンピューティングリソースの保有リスクを、彼らが肩代わりしているに過ぎないのです。それでも大規模な投資を続ける彼らの、クラウドにかける“本気度合い”は日本企業の比ではない。」と小林教授。

物量作戦ではとても追いつかない日本の企業は、どう立ち向かっていくべきなのだろうか。小林教授は「独自スタイルの方法を考える必要がある」と語る。欧米と同じ手法で戦わず、新たなスタイル確立に向けた議論が必要だとも。例えば、一般家庭に普及しているWiiなどのゲーム機をつないでコンピューティングリソースとして使ったり、海に浮かぶタンカーに夜間の安価な電力を供給して移動式データセンタを作ったりなど、もちろん極論にすぎないが、こうした独自のアイデアを生み出そうとする“発想”が日本には必要だということだ。海外とは一味違うジャパンスタイルのあり方を、多くの企業や研究者とともに検討していきたいと小林教授は熱く語ってくれた。

Reported by Hirokazu Charlie Sakai, Writer

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